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山男たちの夏。
 『5時になったよ』の声で浅い眠りから覚めた。彼は大人4人がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、小さなレンタカーの後部座席にいた。手足を折り畳むようにして眠りについたせいか、体中がガチガチに固まっている。車のドアを開け外に出て、夏山の冷たい朝の空気に肌をさらし、ひとつ大きくノビをする。『目標、5時半、出発!』の声に各々、コンビニで買っておいた、おにぎりやパンにかじりつき、山登り用の服に着替えたりして準備をすすめる。空は徐々に明るくなり始めてはいるけれど、朝日はまだ山の向こう側にいるようだ。

 もともと彼らは北陸にある美術大学のサッカー部で出会った。一日の半分ほどを課題制作にあて、夕方からはグランドや体育館に集まり、サッカーに費やす日々が4年間続いた。練習が終わっても、飯を食べに行き、誰かの家へ集まっては朝まで飲み明かしていれば、大抵は仲良くもなる。そんなふうに責任も背負うものもほとんどない、学生然とした生活に別れを告げ、サッカーからも少し距離を置くようになり、それぞれの場所で生活を始め7年が経った。しばらく会わない日々が続いていたが、昨今の登山ブームの影響もあってか、山登りを口実にまたここのところ一緒に過ごす日が多くなってきた。
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 目標より20分押しで山へ入る。学生の頃から時間にルーズなところは何も変わらないようだ。昨晩の雨のせいでぬかるんだ足元に注意を払いながら、まだ肌寒く感じる緑の中を一定の距離を保ちながら彼らは歩き出した。この日4人が目指す頂は、日本百名山にも選定されている長野と岐阜にまたがる焼岳。未だに硫黄を噴出し活動を続けている活火山だ。『太陽が昇りきる前に距離を稼いでおこう』の言葉に頷きはするも、思うようにスピードはあがらない。4人の少し前に山に入った、初老のグループのスピードに合わせているせいだけではなさそうだ。気温は低いが体感温度と湿度は高い。触れるだけで水に変わりそうな空気が山全体をすっぽりと包み込んでいるように思える。東の空には太陽が頭を出し始めた。山中の緑の上に残った昨晩の雨粒が、キラキラとその光を弾き飛ばしている。一気に気温が上がる。動悸が激しくなり、汗が大量に吹き出す。身体は重く、胸が苦しい。彼は思っていた『いつもより、しんどいな』と。普段より4人の口数が少ないというのも身体を重くしている要因かもしれなかった。それでも足を止めることはなく、地道に頂上と現在地との距離を縮める作業に徹する。

 行程の3分の1ほど来たところで頭の上を覆っていた木々は低くなり、パッと視界が開けた。『あっ、見えた!』の声に顔を上げる。近くて遠くに見える切り立った頂が姿を現す。彼らの視線も自然と足元から山頂へ向けられている。空の青さと雲の白さが、やけに際立った光景が広がっていた。肩にくい込んだリュックを下ろし、しばし足を止める。同じポイントで休憩している方々と少し言葉を交わし、少し笑い、少し元気をもらう。普段、街ですれ違ったとしても、顔さへ見ることのない人とこうして交流があるのも、ここが山だからこそなのだろう。
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 束の間の休息を切り上げ、最初の20分を取り戻す。また彼らは、1cm、1mと空へと雲の上へと向かい始める。この日、最後尾につくことが多かった彼は、メンバーの背中を追いながら『なんで、山になんか登っているんだろう?』と考えていた。『しんどいし、筋肉パンパンだし、汗かくし、ただただ登るだけだし』と、考えれば考える程、意味も意義も見つからなくなっていた。すべての人が納得の出来る明確な答えなんかは用意されてはいないだろう。それでも、自分一人だけでも納得のできる、確固たる何かがあれば、もっと心から楽しめるだろうし、身体の重さや疲労感も少しはマシになるだろうと思っていた。『流行』その一言だけでは30歳の男にとってあまりにも薄っぺら過ぎる。単純に誘われたから軽い気持ちで登り始めた山。周りの友人達は山に登る度に、新しい装備を増やしては楽しげに話している。山に魅せられのめり込んでいる。そんな彼らの姿を尻目に、彼だけは相変わらずサッカーのユニフォームで毎回山へ赴いている。もうひとつ踏み込めていないことが、このへんからもうかがえる。ただひとつ言えることは、きっと彼は一人では山に登ろうとは思わないはずである。このメンバーだったからこそ、何の興味もない、面白みも感じられなかった山に足を踏み入れたはずなのだ。頂と共に仰ぎ見る彼らの背中に、ツライ時に思いがけず投げかけられる何気ない言葉に、助けられ励まされているからこそ山に登れる。次の一歩を踏み出せる。きっとひとりでサッカーをしても面白くない。壁相手にボールを蹴ってもすぐに飽きてしまう。それと同じ理由だ。山に登るのも。ピッチを駆け抜けていた10年前と何も変わらない。まだ彼はそんなシンプルなことに気がついていないようだった。

 思考回路もうまく機能しなくなり、ただただ目の前の岩場を掴み這い上がり、岩を蹴り上げ、彼らは焼岳山頂に登頂した。下から見上げた時は晴れ渡っていた空と頂上は、あっという間に真っ白な雲に覆い尽くされた。見えるはずの絶景を望むことが出来ない。それでも彼らの顔には笑みが浮かぶ。勝利の余韻を楽しむかのように。眼下に広がる素晴らしい景色が、目の前を遮る雲の切れ間から姿を現し始めるのを彼らは待っている。そして全員で見るその景色が素晴らしいということを、彼らは知っている。一人ではない、という小さな幸福をその瞬間を、彼は噛み締めていた。

雲は流れ、陽は降り注ぐ。雲の切れ間から青い空が見えた。
 
 
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by monday_panda | 2011-08-23 02:46 | daily | Comments(4)
Commented by sei at 2011-08-24 20:46 x
めちゃくちゃキレイな所やな!ちょうど今日、いい旅夢気分でやってました。都会で疲れた身体がそういう自然を欲してるから行ってしまうってのもひとつあるんじゃないですか!?
Commented by monday_panda at 2011-08-25 01:55
seiさん・・・ええとこやったよー。長野。都会で疲弊しとるっていう自覚はあんまりないけど、でもやっぱり、正月だけやなくて、夏も香川に帰るべきやな〜って思うわ。空のひろ〜い香川に。
Commented by BIGな男。カナビな男。 at 2011-08-26 14:46 x
げんきそうですね。イラストが好きです。※昔からだけど。
ノビノビとやっているみたいで安心しました。
Commented by monday_panda at 2011-08-26 20:42
BIGな男。カナビな男。さん・・・ご無沙汰しております。
(誰なのか分かってないのですが...、すみません...)
ノビノビとやっています。せめて心だけはと思って。
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イラストレーター栄元太郎のブログ。イラストや写真や言葉。溜まったものを、ぽこぽことアウトプット。
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