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酒と音と男と女。
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小さく遠くに聞こえる蝉の声。少しずつちょっとずつ朝夕に秋の気配。
夏の終わりを名残惜しむ人々。暑かった週末。同級生四人で首都脱出。
TAICOCLUBへ初参戦。

昼間の晴れわたった青から一転、新潟の空は灰色。
はっきりと降り出した雨。すっぽりと覆い隠す霧。
ぽっかりと空いた心の穴。しっとりと濡れた前髪。
がっつりと鳴り響く音楽。うっとりと酔わせる酒。
ばったりと堕ちたい衝動。にっこりと微笑む口元。
そして踊り弾ける男と女。幻のような夏のおわり。

短くて暑かった夏が、あっさりと終わりを告げる。

 
by monday_panda | 2011-09-13 02:37 | daily | Comments(0)
山男たちの夏。
 『5時になったよ』の声で浅い眠りから覚めた。彼は大人4人がぎゅうぎゅうに詰め込まれた、小さなレンタカーの後部座席にいた。手足を折り畳むようにして眠りについたせいか、体中がガチガチに固まっている。車のドアを開け外に出て、夏山の冷たい朝の空気に肌をさらし、ひとつ大きくノビをする。『目標、5時半、出発!』の声に各々、コンビニで買っておいた、おにぎりやパンにかじりつき、山登り用の服に着替えたりして準備をすすめる。空は徐々に明るくなり始めてはいるけれど、朝日はまだ山の向こう側にいるようだ。

 もともと彼らは北陸にある美術大学のサッカー部で出会った。一日の半分ほどを課題制作にあて、夕方からはグランドや体育館に集まり、サッカーに費やす日々が4年間続いた。練習が終わっても、飯を食べに行き、誰かの家へ集まっては朝まで飲み明かしていれば、大抵は仲良くもなる。そんなふうに責任も背負うものもほとんどない、学生然とした生活に別れを告げ、サッカーからも少し距離を置くようになり、それぞれの場所で生活を始め7年が経った。しばらく会わない日々が続いていたが、昨今の登山ブームの影響もあってか、山登りを口実にまたここのところ一緒に過ごす日が多くなってきた。
山男たちの夏。_b0115008_2251874.jpg
 目標より20分押しで山へ入る。学生の頃から時間にルーズなところは何も変わらないようだ。昨晩の雨のせいでぬかるんだ足元に注意を払いながら、まだ肌寒く感じる緑の中を一定の距離を保ちながら彼らは歩き出した。この日4人が目指す頂は、日本百名山にも選定されている長野と岐阜にまたがる焼岳。未だに硫黄を噴出し活動を続けている活火山だ。『太陽が昇りきる前に距離を稼いでおこう』の言葉に頷きはするも、思うようにスピードはあがらない。4人の少し前に山に入った、初老のグループのスピードに合わせているせいだけではなさそうだ。気温は低いが体感温度と湿度は高い。触れるだけで水に変わりそうな空気が山全体をすっぽりと包み込んでいるように思える。東の空には太陽が頭を出し始めた。山中の緑の上に残った昨晩の雨粒が、キラキラとその光を弾き飛ばしている。一気に気温が上がる。動悸が激しくなり、汗が大量に吹き出す。身体は重く、胸が苦しい。彼は思っていた『いつもより、しんどいな』と。普段より4人の口数が少ないというのも身体を重くしている要因かもしれなかった。それでも足を止めることはなく、地道に頂上と現在地との距離を縮める作業に徹する。

 行程の3分の1ほど来たところで頭の上を覆っていた木々は低くなり、パッと視界が開けた。『あっ、見えた!』の声に顔を上げる。近くて遠くに見える切り立った頂が姿を現す。彼らの視線も自然と足元から山頂へ向けられている。空の青さと雲の白さが、やけに際立った光景が広がっていた。肩にくい込んだリュックを下ろし、しばし足を止める。同じポイントで休憩している方々と少し言葉を交わし、少し笑い、少し元気をもらう。普段、街ですれ違ったとしても、顔さへ見ることのない人とこうして交流があるのも、ここが山だからこそなのだろう。
山男たちの夏。_b0115008_2254469.jpg
 束の間の休息を切り上げ、最初の20分を取り戻す。また彼らは、1cm、1mと空へと雲の上へと向かい始める。この日、最後尾につくことが多かった彼は、メンバーの背中を追いながら『なんで、山になんか登っているんだろう?』と考えていた。『しんどいし、筋肉パンパンだし、汗かくし、ただただ登るだけだし』と、考えれば考える程、意味も意義も見つからなくなっていた。すべての人が納得の出来る明確な答えなんかは用意されてはいないだろう。それでも、自分一人だけでも納得のできる、確固たる何かがあれば、もっと心から楽しめるだろうし、身体の重さや疲労感も少しはマシになるだろうと思っていた。『流行』その一言だけでは30歳の男にとってあまりにも薄っぺら過ぎる。単純に誘われたから軽い気持ちで登り始めた山。周りの友人達は山に登る度に、新しい装備を増やしては楽しげに話している。山に魅せられのめり込んでいる。そんな彼らの姿を尻目に、彼だけは相変わらずサッカーのユニフォームで毎回山へ赴いている。もうひとつ踏み込めていないことが、このへんからもうかがえる。ただひとつ言えることは、きっと彼は一人では山に登ろうとは思わないはずである。このメンバーだったからこそ、何の興味もない、面白みも感じられなかった山に足を踏み入れたはずなのだ。頂と共に仰ぎ見る彼らの背中に、ツライ時に思いがけず投げかけられる何気ない言葉に、助けられ励まされているからこそ山に登れる。次の一歩を踏み出せる。きっとひとりでサッカーをしても面白くない。壁相手にボールを蹴ってもすぐに飽きてしまう。それと同じ理由だ。山に登るのも。ピッチを駆け抜けていた10年前と何も変わらない。まだ彼はそんなシンプルなことに気がついていないようだった。

 思考回路もうまく機能しなくなり、ただただ目の前の岩場を掴み這い上がり、岩を蹴り上げ、彼らは焼岳山頂に登頂した。下から見上げた時は晴れ渡っていた空と頂上は、あっという間に真っ白な雲に覆い尽くされた。見えるはずの絶景を望むことが出来ない。それでも彼らの顔には笑みが浮かぶ。勝利の余韻を楽しむかのように。眼下に広がる素晴らしい景色が、目の前を遮る雲の切れ間から姿を現し始めるのを彼らは待っている。そして全員で見るその景色が素晴らしいということを、彼らは知っている。一人ではない、という小さな幸福をその瞬間を、彼は噛み締めていた。

雲は流れ、陽は降り注ぐ。雲の切れ間から青い空が見えた。
 
 
by monday_panda | 2011-08-23 02:46 | daily | Comments(4)
晴曇雨雷。
晴曇雨雷。_b0115008_303332.jpg
キラキラ。晴天。ガヤガヤ。中華街。ワイワイ。集合。ヘラヘラ。アラサー。フラフラ。独身男子。スタスタ。9階。ヒロビロ。ベランダ。ムシムシ。暑。サンサン。夏。ジリジリ。節電。グビグビ。乾杯。パチパチ。炭。ジュージュー。肉。ムシャムシャ。美味。モクモク。曇天。ポロポロ。ウクレレ。ホロホロ。奏。ポツポツ。雨粒。ピチピチ。雨音。ピカピカ。稲妻。ゴロゴロ。雷。チビチビ。酒。ニコニコ。笑顔。ペチャクチャ。会話。フワフワ。ほろ酔い。

プシュ。ゴクッ。プハーッ。夏の休日。
 
 
by monday_panda | 2011-08-05 03:50 | daily | Comments(0)
ラクゴラク。
 先週、今後のお仕事の参考になるだろうからと、クライアントさんのご好意で、落語を聞きに国立演芸場へ行ってきた。生で見るのは確かこれで三度目である。この日は “三遊亭白鳥・春風亭百栄・春風亭一之輔 それぞれの「大工調べ」” という落語会。

 そもそも、落語が大好きというわけでも、ましてや足しげく寄席に通うというわけでもない。仕事しながらイヤホンで有名どころの噺を聴くという、とてもミーハーな、まぁまぁ、興味はあるけど…。という程度のもんである。とはいえ、がっつり落語にハマりそうになったきっかけが、今までなかったわけではない。
 例えば、社会人になりたての頃にやっていた、宮藤官九郎脚本の『タイガー&ドラゴン』。毎週ビデオに撮って見ていた。このドラマきっかけで、落語を聞くようになった若い人は意外に多かっただろうなと思う。その他にも、数年前、朝ドラで放映されていた『ちりとてちん』。これも毎日かかさず会社に行く前に見ていた。それ以外にも、会社勤めしていた時の上司が、隣の席でよくiPodで落語を聞いていた。僕が退社する時、プレゼントで貰った落語のCDは、僕のiPodでしっかりと再生回数を増やしている。
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 18時半開演。もう席はほとんど埋まっている。やはり年齢層は高めだけれど、若い人も意外に多いんだなぁと、会場を見回して思う。演目の内容がどうのこうのだとか、あそこの言い回しがちょっと…、などと言えるレベルの落語通ではないので、あくまで小学生の読書感想文的な、感想を。

 こうして生で聞くまではなんだか、昔の言葉遣いや、落語特有の言い回しなんかもあって、もしかするとけっこう高尚な娯楽なのかと思っていた。それでも、いざ会場へ足を運んでみると、『そんなに笑って大丈夫っ?』というぐらい、『ひぃーひぃー!』『アハハっ!』と笑い声で会場が震えるのを肌で感じる。最低限のマナーさへ守れば、もうあとはその笑いの中に身を浸せばいいのだ。おもしろければ笑えばいい。当たり前のことなのだ。なにも構える必要はなかった。しかし、久しぶりにあんなに大勢の人がゲラゲラと大爆笑するのを聞いた。それはとても気持ちのいいものだ。幸福というよりは愉快という言葉が当てはまる。
 足しげく通う落語ファンからすれば、『今日の演目はイマイチだったなぁ~』とか『この師匠は人情話はむいてねぇなぁ!』とかいろいろあるのだろうけど、いかんせんずぶの素人の僕には、どれもこれも新鮮で『ほほ~』と唸ってしまうものばかり。というよりも、単純に、高座の上でたった一人、言葉と仕草だけを操って、何人もの人々を演じ、何百人もの人達を大爆笑させる、その話術、技量に感服する。噺家さんのうしろに情景がゆらゆらと立ち上ってくる錯覚すら感じられることに、畏敬の念すら湧いてくるってものだ。何百年と続く日本の伝統的な話芸。はやり廃りの激しい世の中で、変わらずこうして、今も昔も多くの人に愛されてきたという事実。こんな近くに、こんな豊かな楽しみがあったのか。

 ムクムクとせり出した夏雲の下を、雪駄をつっかけて、ポケットには手拭いをつっこんで、扇子片手に、また腹を抱えて笑いに行こう。ウキウキ、ソワソワと浮かれた気持ちで吉原へ通う、若旦那のように。
 
by monday_panda | 2011-07-14 00:50 | illustration | Comments(2)
花発多風雨 人生足別離。
 日曜日、新婚の友人夫婦に誘われお花見に行ってきた。昼過ぎ、都知事選へ投票に行き、カバンにケーキと唐揚げとビールを詰め込み、自転車で多摩川沿いを駆け抜ける。たくさんの花見客で賑わう多摩川駅を越え、河川敷におりる。風が心地いい。やわらかな春の匂いがする。野球やテニス、アメフトで汗を流す多くのスポーツマンを横目に、友達を探す。自粛ムード満載なのかと思いきや、例年よりも人が多いようにも見える。たくさんの人が満開の桜の花に、何か救いのような祈りに似た感情を抱いているのかもしれない。きょろきょろしていると『お~いっ!たろちゃ~ん!』と呼び止められる。綺麗な桜の木の下に見慣れた顔を見つけ、パッと笑顔が咲く。震災後、初めて会う面々と、どーも、どーも、とビールで乾杯。

 独身男子、独身女子、新婚夫婦に妊婦さん、そして、パパママとなった友人と愛娘。総勢10名。なんか人の生きる道の縮図のような構成だ。この歳になれば、ま、そんなもんか。相変わらず独り身で今年も桜を眺める僕。もう何年連続なのだか。新婚の二人は結婚し家族となり、初めて迎える春。同じ風景も去年までとは違って見えるのかな。妊婦の友達のおなかは大きくて、夏頃に第一子誕生。来年の春はちびっ子と桜を見るのだろう。もうおなかの中では春を感じているのかもしれない。パパママの二人とちびっ子は、三人揃って二度目の暖かい春を迎えたことになる。小さな身体には春と似たような力がきっとある。みんなで取り囲みニコニコになるその光景は、春が訪れる度に桜の木の下に集まるのととても似ている。毎年、毎年、何があっても、何が起こっても起こらなくても、ほとんど変わらないペースで四季は巡り、気づけば桜の花の咲くスピードで春はやって来る。その度、小さな不安や希望を僕らの胸の内にパッパッと咲かせ、心を真新しい鮮やかな色で染め上げてくれる。
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そんなふうにして、春は来る。淡々と、あっさりと。
そんなふうにして、花は咲く。慎ましく、力強く。
そんなふうにして、またひとつ、僕たちは消えることのない年輪を刻み込む。

 
by monday_panda | 2011-04-16 07:27 | daily | Comments(0)
ちゃちゃちゃの。
木曜日、フォトグラファーの武藤さんから連絡をいただき、被災地に送る支援物資の仕分けのお手伝いへ伺う。今回は避難所で生活している子供たちのために、文具やおもちゃを送るのだそうだ。おもちゃといえば子供たちにとっては、宝物のようなもの。そんなキラキラしたおもちゃを素っ気ない段ボールで送るよりは、少しでも楽しげでハッピーな方がいいということで、イラストを提供してくれないだろうか?と依頼され、よろこんでイラストを使っていただく。

節電もするし募金もする。毎日、テレビやネットで被災地の情報も見る、それでも一ヶ月たった今でも、どうしても自分の中で少し遠い出来事に思えてしまう。残念だけどリアルに感じられないのだ。その感覚がはがゆい。そう感じる人は少なくないのだと思う。何かしたいけど、何かしているつもりだけれど、それが実感を伴って、自分の中にストンと落ちてこない。どこかで引っかかってモヤモヤする。そういう毎日。そんな想いも詰まっているだろう、いろんな形をした、色とりどりのおもちゃが詰まった段ボール箱が、武藤さんのお知り合いの方々から大量に届いていた。まるでおもちゃ屋の倉庫みたいに。仕分けをすすめる方々の隣で、地べたに座り込みペタペタと段ボールの外側にイラストを貼付けていく。なるべく幸せそうな、少しでも元気になれそうなイラストを選んで。ラジオからは清志郎が『原子力は要らねぇ 危ねぇ』と歌い、ヒロトが『チェルノブイリには行きたくねぇ』と叫んでいる。
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分かってはいる。例えばこの状況で被災地に千羽鶴を送ったとして、その気持ちは届くかもしれないけれど、実質的な部分でプラスにはなかなか成り得ない。ありがた迷惑だという報道も目にする。ガワよりも中身が大事だ。泥水で汚れた缶ジュースを洗って飲んでいるように、綺麗なパッケージなんかよりも、腹にがっつり収まるモノの方が重要だ。きっとこのおもちゃ箱も現地へ届けば、ゴミになったり、寒さを防ぐために布団の下に敷かれたり、たき火の火になったりする。それでいい。一秒でも『あっ!』と思ってくれれば。春が来るたびにサクラを見上げるような気持ちに。そのカラフルな段ボールのように、少しでも気持ちが明るくなってくれれば。街も新しく鮮やかに色づき始めた。今年もまた春が来る。
by monday_panda | 2011-04-10 07:50 | illustration | Comments(6)
それよりも、もっと赤い。
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by monday_panda | 2011-04-06 23:52 | daily | Comments(0)
Oh!?lie? All right!
 もうかれこれ20年くらい前の4月1日。当時も僕はクリクリ坊主の小学校低学年。夕方、仕事から帰って来た親父が、玄関先で僕と妹に向かってこう言った。『おーい!裏の畑に子犬がいたぞ~!』と。当時、飼っていた犬が天に召され、僕と妹は『子犬が欲しい欲しい!』と両親に直訴していたのだ。親父の言葉に一瞬で有頂天になった僕と妹は『おかえり~』の言葉も言わずに『うひょ~!』と家を飛び出した。ふたりでどこだ?どこだ?どこにいるんだ?と広い畑の隅から隅まで探しまわった。しかし、そこにいるハズの、親父が見たハズの、愛らしく天使のような子犬の姿はどこにも探し出せなかった。

 チクショー!てやんでぃ!どこにもいやしねぇじゃねぇかっ!と軽く逆ギレ気味で親父に詰め寄る僕と妹。そんな2人を前にして、悪びれるふうもなく笑顔で親父は『今日はなんの日だ?』と尋ね返してくる。しばらく考える。そういえば今日は、エ、エイ?エイプリ?・・・嘘をついてもいい日だ!と気づいた僕。『そう、今日はエイプリルフールだ!』とアハハと笑う親父。僕と妹の最高潮に達した歓喜と、やり場のない怒りは、真っ赤に燃える夕日と共に裏の山の陰へストンっと落ちて行った。
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 そんななんでもないことを未だに覚えている。そんなちっぽけなたった15分の嘘を。きっと単純に幸せな嘘だから。それからしばらくして、近所の神社で子犬を拾った僕は、念願かなって子犬の飼い主になった。親父の嘘が、嘘じゃなくなったのだ。
 そういえばブルーハーツも歌っていた。『チッポケなウソついた夜には 自分がとてもチッポケな奴 ドデカイウソをつきとおすなら それは本当になる♪』って。

 昨日は一年に一度の大嘘をつき忘れた。結婚します!くらい言っておけばよかった。誰も不幸にならない、そんな優しいじわっとあたたかい嘘なら、一年に一度じゃなくてもいい。本当になるウソならなおさらだ。
 
by monday_panda | 2011-04-02 09:09 | daily | Comments(0)
明日へゆけ。
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by monday_panda | 2011-04-01 23:47 | daily | Comments(0)
ぎゅっとして、はなさない。
 『今日は十数年ぶりに地球に月が大接近するから、月が大きいよ』と半年ぶりに会った友達が教えてくれた。その友達と夜の四谷三丁目を並んで歩く。被災地へ電力を供給するために普段よりも暗いビルの上に、確かにいつもより少し大きくてまんまるな満月がポコっと浮かんでいた。どんな願い事も叶いそうな、あたたかくてやわらかい光に満ちている。

 土曜日、お昼過ぎ、人もまばらな地下鉄に揺られ四谷三丁目へ。大学の友人の個展を見に出かける。この日が最終日。駅から少し離れた狭い路地にある、一階がカフェ、二階がギャラリーのコーヒー屋さん『ゑいじう』に入るとコーヒーの香ばしい香りに包まれる。マスターと奥さんが『二階にたくさんあるよ』と迎えてくれる。二階に続く階段にも展示された作品を、一枚一枚見ていると、どこかに出かけていた作家さんである友人が戻って来た。階段の上と下で顔を見合わせて『おぉ~、元気?』と言葉を交わす。いつもの『元気?』とは少しニュアンスが違うのも感じる。
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 地震の起こった直後からの個展開催ということで、彼女もぐるぐると思い悩んでいた。開催するべきか自粛するべきか。たくさんの人を集め、メディアでも取り上げられるようなイベントやライブは、どれも軒並み延期、中止だけれど。またそういうものとは性質が異なるものだから。何か出来る環境があって、自分にその意志があるのに、それを放棄することは単純にもったいない。
 『今、私たちにできること』なんて言葉も、テレビやネット、ラジオで毎日、目にしたり耳にしたりするけれど、何も自分に出来ること以上のものを、新たに無茶なエネルギーを使って開拓することだけが正解ではないと思う。それぞれの日常の延長線上に出来ること、やるべきことはいくらでも転がっている。ちょっと足を止めて、ちょっと寄り道をして。それを蹴飛ばしたり、見て見ぬふりをしなければいいんじゃないのかな?と僕は思う。
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 あたたかな午後の光の差し込む白い空間で、何も変わらないように思える時間の中で、震災のことや制作のこと、三十路を迎えた心境や近況をぽつぽつと言葉にし、彼女の想いのつまった、分身のような作品を眺める。相かわらずステキな愛しい作品たちがこちらの様子をじっと窺っている。
 この日、搬出してそのまま広島へ帰るというので、窓の外が深い青になり始めた頃から撤収作業を手伝う。50点にも及ぶたくさんの作品たちを丁寧にプチプチに包みながら、もっともっと、たくさんの人に見てもらえればいいのになぁと思うのだ。何点かは新しい飼い主さんのところにもらわれていくそうだ。よかった、よかった。

 普段よりも人が少ない新宿へ続く道。照明を落とした暗い高速バス乗り場。それを補うように光を落とすまんまるの月の下、いつもよりも大きく手をふって友達を見送り、家路につく。

 今、私たちに出来ること。支援、節電、寄付、まだまだいろいろ。海外からも、著名人からも、そして何より、日本に生きるすべての人が、それぞれがそれぞれのやり方で、少しでも明るい方へ明るい方へと望んでいる。そのエネルギーはとてつもなく大きい元気玉になって東北へ、信越へ、東海へ、日本全国へ届くはず。届き始めているはず。
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 昨日も近所をぷらり歩いていると、小さな子の手をひいて商店街を歩くパパやママ、チャリンコに2人乗りで楽しげに走り去って行くカップル、のんびりとひなたぼっこする年配のご夫婦、大声を出して公園で走り回る小学生のグループ、塾の前でケラケラ笑っている高校生たち、多くの人たちのかけがえのないの日常を目にする。大して特別だとは思うことのない、その特別な日常を手放さないでいてほしい。しっかりとその手でその心でつなぎ止めていてほしい。ぎゅっとして、はなさないでいてほしい。大切な家族、大好きな恋人、大事な仲間。顔を見て、声を聞いて、頷いて、手をつないで、肩をたたいて、一緒に笑って。当たり前の特別な一日一日が、誰からも逃げて行かないように、ただただそんなことを願うのです。
 『こんな時だから』って言葉を口実にしてでも、今日も明日も明後日も、大好きな人とつながっていようと思うのです。大切な人に会いにいこうと思うのです。これも、今、自分にできることのひとつだと思うから。
 
by monday_panda | 2011-03-21 14:34 | art | Comments(0)



イラストレーター栄元太郎のブログ。イラストや写真や言葉。溜まったものを、ぽこぽことアウトプット。
by monday_panda